公開日:2022/09/12
更新日:2022/10/18
なぜ、お坊さんがヘルパーに? その理由にはお寺の未来と介護が関係していた
大阪市のお寺が運営する介護事業所「お寺の介護はいにこぽん」。作務衣をまとった僧侶が介護施設で働き、「お坊さんヘルパー」の名で訪問介護に繰り出します。なぜお寺が介護事業を始めたのか? その背景にはお寺と介護の切っても切れない関係がありました。
目次
- お寺が介護と向き合う時代がやってきた
- 開業準備に4年──前例がないなかで文化庁を説得
- 読経や仏壇整備の依頼まで? お坊さんヘルパーの仕事
- 居宅介護、デイ、サ高住と事業を拡大
- “お寺らしさ”を押し付けすぎない
- 死をテーマにイベントを主催。お寺に集う医療福祉従事者たち
- お寺の介護の可能性、そしてこれから
お寺が介護と向き合う時代がやってきた
大阪市西淀川区にある「お寺の介護はいにこぽんのいえ」。浄土真宗の西栄寺が運営する介護施設で、デイサービスとサービス付き高齢者向け住宅を併設しています。
話を聞いたのは西栄寺の僧侶であり同寺の介護福祉事業部長を務める吉田敬一さんです。
──なぜお寺が介護事業を営むようになったのか教えてください。
吉田さん:近ごろ、お寺の経営はどこも右肩下がりなんです。
実際に我々も月参り(月命日の法要)で伺う機会が少なくなってきていて、信者さんの高齢化を肌で感じるようになりました。お寺としても何か新しいことに取り組んでいかないと、もう何十年か先には存続が危ぶまれるかもしれないという危機感がありました。
──信者さんの高齢化はお寺にとっても死活問題だと。
もう一つは私自身の問題なんですが、初めての子どもが重度障がいを持って生まれてきまして。育てていく過程でいろいろな社会福祉サービスを受けたんですよ。看護師さん、理学療法士さん、言語聴覚士さん──そういった人たちの仕事を間近で見て「すごいな」と。
僧侶という立場で力量やホスピタリティを比較したときに、自分はまだまだだなという思いがありまして。信者さんのQOLっていうんですかね? それを高めていくために、宗教とは別に何かする必要があるんじゃないかという思いが強くなってきました。
──ではお寺の介護の発起人は吉田さんだったんですか?
最初のきっかけはそうなりますね。あとは同じ時期に住職の奥さんが倒れて介護が必要になったんです。なので住職も「これからは福祉的なことが必要になってくる」という意識は強く働いていたと思います。これらのタイミングが重なり「じゃあやってみようか」ということで始まりました。
開業準備に4年──前例がないなかで文化庁を説得
──まったくの異業界で、開業までのハードルは高そうです。
最初はとにかく闇雲というか、わけもわからないままスタートしましたね。やると決めてから開業まで、準備に4年かかりました。
時系列を遡ると、介護事業を始めようとなった2年前(2009年)に障がいを持った長女が亡くなったんですよ。子どもを亡くした気持ちを和らげるために、周囲から福祉施設のボランティアを勧められて高齢者施設に行きました。でも、そこでぜんぜん役に立てなかったんですよね。ボランティアは高齢者に対する介助はできないので。
その経験があったので、介護事業を始めるためにはまずは資格を取ろうという話になり、ヘルパー2級(現:介護職員初任者研修)の講座を受講することにしました。
──僧侶のお務めもしながらですよね?
はい。当然、住職の了承を得ないといけないので相談しました。すると住職本人も「だったらわしも行きたいんだが」みたいなことを言われてですね。
──なんてフットワークの軽いご住職。
そうなんですよ。「じゃあどうせならほかの坊さんにも声かけてみましょうか」ということで、私と住職を含め、4人のお坊さんで資格を取りに行きました。
でね、その講座の始めに受講生が一人ずつ自己紹介することがあったんです。自分の番が来て、「普段はお寺務めでお坊さんをやってます。ヘルパーになるために来ました」って自己紹介しました。すると講師が「あんた、お坊さんヘルパーかいな!」って言うんですよ。
お坊さんヘルパーという響きに、自分もすごくインスピレーションが働いて。これはおもろいぞってなり、お坊さんヘルパーの名で売り出していこうと決めたんですよ。
──ひょんな一言が事業のコンセプトにまで! 開業時にヘルパーサービスからスタートしたのは、その一言が影響したんですか?
というのと、お寺にとって訪問介護がとっかかりやすかったというのも一つの理由です。お寺は月参りなどで定期的にお坊さんが檀家さんのお家を訪問してるんですね。だから訪問介護とは親和性があると見ていました。
開業するためには、宗教法人の監督官庁である文化庁に認めてもらう必要がありました。宗教法人が介護事業を営むことで信者さんのためにどう役に立つのか、どう信仰の役に立つのかっていうことを立証しないといけないハードルがあったんです。
──それまで宗教法人が介護事業をおこなう前例はなかったんですか?
なかったみたいですね。宗教法人が新たに社会福祉法人なんかを設立して、そっちで介護事業を営むケースはあるんですけど。宗教法人が営利目的の事業を始めるというのに、なかなか理解を得られず。本当に何度も文化庁に足を運んで、承認が下りるまでに1年半くらい要しました。
──最終的には何が説得に有効だったんですか?
宗教法人がこれから右肩下がりになっていくのはもう全国レベルの話で、休眠状態の法人が今もたくさんあるんですよね。文化庁としてもこの状況を憂慮していて、今後を考えるとどうにかしていかなくてはという思いはあるわけです。そこで宗教法人が今後も自立して存続するための一つの手段として社会福祉で収益事業をおこなうこともおもしろい、ありなんじゃないかと考えてもらえるようになったと思うんです。
──国や自治体のほか、所属する宗派の本山というのでしょうか。そちらへの許可取りも大変だったのでは?
通常は承認が必要ですね。浄土真宗には本願寺派とか大谷派とかの派がありまして、大半のお寺はどこかの派に所属しています。また同じ宗派のお寺は地域ごとに組(そ)という組合に属していて、そのなかで協調性を持つことが求められるので、もしなにか独自の取り組みをしたいのだったら組や宗派での了承を得ないといけません。
一方で、私たち西栄寺は浄土真宗のなかでも単立寺院として独立して運営できるようになっています。なので伺い立てる先がなく、やりやすかったというのはありますね。
読経や仏壇整備の依頼まで? お坊さんヘルパーの仕事
──4年もの準備期間を経て訪問介護事業をスタートしました。当初はどんな様子でしたか?
最初は本当に最少人数で、スタッフ3名でスタートしました。私ともう1人のお坊さんと、信者さんの知り合いでお寺の介護に興味を持ってくれたサ責(サービス提供責任者)の女性1人だけです。
最初はお付き合いのあるところで介護が必要な人を探しましたから、利用者さんのほとんどは信者さんでした。月参りや布教で訪問したときに、介護が必要そうな人がいたら申し送りをして、訪問介護のほうにつなげるといったやり方がうまくいったんです。
──やはり利用者やご家族も「お寺が運営する訪問介護」という特徴を意識していた?
していたと思います。当初は男性の利用者さんがほとんどだったんですけど、それまで「わしは介護なんて受けたくない」と介護拒否してご家族を困らせていた人でも、「お坊さんだったら」と素直に受け入れてくれることがありました。
たぶん感覚としては、ヘルパーが介護しに来たというよりも、お坊さんが来て一緒にいてくれてるっていう感覚だったんだと思いますね。
──でもそうなると、ヘルパーとして行ったのにお坊さんとしての仕事を依頼されるようなこともあったり?
お経をあげてほしいとか、ほったらかしの仏壇があるから来てほしいとか。もちろん介護保険でそれはできないので、もしご依頼があった場合には担当ケアマネジャーさんに相談をします。そして本当に必要な場合はお寺としてそういう関わりをしていくっていう形になりますね。
──ご家族としても「お坊さんだから安心」という気持ちもありそうですよね。
やはりお坊さんやお寺に対して理屈なしに安心される作用は多少あると思います。ただ逆に「お坊さんであれば懐深くなんでも聞いてもらえる」っていう意識も同時にあって、「介護保険制度としてそれはできないんですよ」と言っても「お坊さんがそんなこと言う(断る)のか」みたいになることもありますね。
あとは私自身の当時の体験で忘れられない出来事がありまして。ある日入浴介助をしていたんですが、その直後にお通夜の予定があったので「今からお通夜に行かないといけないんですよ」って不用意に言ってしまったんですよね。その一言に利用者さんが驚かれて「そんなお通夜に行かなあかん人がきて、自分のお風呂の世話をしてくれるなんていうのは考えられない」とお怒りになったことがありました。デリケートな問題だったのに、あれはやってしまった。失敗でしたね。
居宅介護、デイ、サ高住と事業を拡大
──訪問介護を開始した翌年には居宅介護支援事業所を開設し、さらにその2年後にはデイサービスとサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を開設されています。事業を拡大されたのはどうしてですか?
これは必要に駆られて、というのが主な理由ですね。訪問介護はケアマネジャーさんから仕事の依頼をいただくんですけど、どこも(ケアマネジャーが所属している)居宅介護支援事業所と(ヘルパーが所属している)訪問介護事業所をセットで運営してるところが多いんです。そこで我々も見習って、居宅介護のほうも立ち上げることになって。
で、さらに利用者さんは訪問介護以外にもデイサービスを利用する日だってある。そうするとプランを立てるケアマネジャーさんからしたら、自社でデイサービスもやっていたほうが必要に応じた介護がしやすいって要望が出てくるわけです。
──なるほど。利用者や職員からのニーズを受けて、自然と事業が拡大していったわけですね。でもサ高住は入所施設なので、在宅介護からはやや離れますよね?
これはうちの住職の性格が出たところでして(笑)。このデイサービスの建物を建てるときに「どうせ作るんだったら大きいのを作らないと」と言って、だんだんと規模が大きくなっていったんです。
そうしたら建築屋さんもうまいこと言いますよね、「ここまでの建物を平屋で建てるんやったら、もうちょっと費用出したら2階3階も作れますよ」と。「そうなら2階3階はサ高住にするか」といった具合で話が広がったんです。
あと別の理由としては、我々はお寺なので、お看取りとか終のお家とかに取り組むのはひとつ大きな特徴になるんじゃないかっていう考えが当初からありました。なので住職が大きな建物を作ろうと言ったときにはもう渡りに船というか。「だったらみんな、気合入れてやろう」と。
“お寺らしさ”を押し付けすぎない
──サ高住は介護の必要性の少ない、比較的元気な方が入所する施設ですが、看取りをおこなうこともあるんですか?
はい、実際にこれまでうちでお看取りした方はたくさんいます。ただサ高住としては常駐の看護師がいないので、胃ろうとかたん吸引とかそういった医療的ケアが常時必要になった場合は、ほかの施設に移っていただかないといけません。
でもそれ以外の自然な形で、老衰が進んで亡くなるような方は最期までうちで看ることができます。例えばお医者さんが延命処置を提案しても、ご家族が「そこまではしない、自然な形で」とおっしゃるようなら、最期までここで過ごすのも可能ということですね。実際、これまで医療的ケアが必要になってほかの施設に行かれた方はお一人だけでした。
──あの不謹慎かもしれませんが、はいにこぽんのいえで亡くなられた場合はお葬式まで一貫しておこなってもらえるんですか……?
今までのケースでいうと、だいたい3分の1がそのパターンですね。ご家族から「そのときはよろしくお願いします」と頼まれて。
もう3分の1は、ご一族がもともと信仰している宗派のところでお葬式を営むケース。またもう3分の1は、お葬式もなく直葬されるか、無宗教でされるケースがありますね。
──利用者さんには違う宗派の方も多いんですね。
最初のころは信者さんが中心でしたが、今となっては9割がお寺とは関係のない近隣の方々ですね。もともと我々はお寺で布教活動をするなかでも、介護の利用者さんには宗派の教義や信仰を押し付けないようにしています。なので、どんな宗教の方でも利用いただけます。
デイサービスがある1階には大きな仏像、お釈迦さんを安置しています。でも本来、我々の浄土真宗は阿弥陀さんが一番なんですね。そこであえてお釈迦さんを安置しているのは、間口を広げるため。お釈迦さんは仏教のいろんな宗派に共通しているので。
──毎日お祈りするなど、お寺らしい取り組みはやはり多いですか?
お盆やお彼岸、お釈迦さまの誕生日などの季節の仏事ごとは大切にしています。先週はちょうどお盆でしたので、施設でもお盆大法要をしました。お坊さんのお経をじっくり聞いて、ご先祖さまや亡くなった者に気持ちを寄せていく。祈ることで、心は少し柔らかくなるものです。
ただそういったことは季節の行事のときだけです。デイサービスだと毎日来る人ばかりじゃないので、「今日は祈らなかったから悪いことが起きるかも」なんて考えになるかもしれません。とくに高齢者は祈りや信仰というものが必要になりやすいので、依存しすぎないようにすることも大切なんです。行き過ぎてしまうと、ご本人が苦しくなってしまう。
──お寺が運営しているからといって、お寺らしさやお寺の考えを押し付けないことを大切にしているんですね。
そうですね。例えば利用者さんからお話を聞いてほしいというご依頼があれば、それはもう横に座ってひたすら話を聞きますが、決して宗教的な言葉でアドバイスしたりはしません。
死をテーマにイベントを主催。お寺に集う医療福祉従事者たち
──周辺の医療や福祉関係者との付き合いはありますか?
すぐそこに区内の中核病院がありまして。そこの倫理委員会や地域包括支援センターの運営協議会などにも関わっています。
地域の医療福祉従事者との交流のなかでお寺らしい企画をやってほしいというリクエストをいただいて、「デスカフェ」や「車座勉強会」を主催したこともあります。
──で、デスカフェ……?!
デスカフェ(Death Cafe)とは
お菓子やお茶を片手に、死についてカジュアルに語り合うイベントのこと。スイスの社会学者が妻の死について語る会を開いたことが起源で、その後イギリスの社会起業家がデスカフェの非営利団体を発足し、ガイドラインを策定したことにより世界的な拡がりを見せた。日本でも寺院や葬儀社などにより各地で開催されている。「人の話を遮らない・反論しない」「結論を出そうとしない」「お菓子や飲み物を用意する」などのルールがある。
死について語ろうなんて、お寺でもなければなかなかやりづらいようなテーマです。うちの職員のほか、病院の看護師さんやケースワーカーさん、地域包括からはケアマネジャーさんとかに参加していただいて。テーマがテーマなだけに重くなるかと思いきや、結構みんな冗談を交えながら話してすごく盛り上がりましたよ。
車座勉強会でも前回は死をテーマに取り上げて、「利用者や患者さまが亡くなりそうな(亡くなった)ときにすべきこと」について話しました。医療福祉関係者をはじめ、私たち僧侶や納棺師の方たちにも集まってもらい、それぞれの立場から利用者本人やご家族の苦痛や不安を解消するために必要な考え方、具体的な技術、忘れられない事例などを発表してもらいました。同じ地域にいる多職種が連携する手がかりになればいいですし、この勉強会を通じてそれぞれが仕事に向き合う活力になれば……と思っています。
お寺の介護の可能性、そしてこれから
──介護事業は今年で9年目を迎えられました。お寺の存続を危惧して始めた介護事業ですが、お寺への好影響などはありましたか?
介護事業を始めたことで檀家さんが増えるなどの直接的な影響はほとんどないです。ただ「お寺の介護」として西栄寺そのものの知名度は強化されて、地域の中でブランド化されているとは思うんですよ。
あとは介護部として利益を出してるので、その利益をお寺の運営に回すということはできています。
──お寺と介護事業での好循環ができ始めたんですね。「お寺の介護はいにこぽん」を前例として、ほかの宗教法人でも真似する動きが起きるのでは?
お寺のご住職やその奥さんが見学に来られたり、ノウハウを教えてほしいと言ってこられる方は結構いらっしゃいます。宗教関連メディアの取材なども時々ありますし。──ただ実際にやるとなると、結構ハードルは高いんだと思います。
お寺と介護を完全に切り分けて、介護の専門職にすべてお任せするなら簡単ですけど、それだとお寺が主体の介護とは呼べませんから。お寺と介護の両立をお坊さんが担えるかっていうところが難しいのだと思います。
──では最後に「お寺の介護はいにこぽん」の今後の展望や目標がありましたら教えてください。
施設のほうはありがたいことに、デイサービスもサ高住も定員いっぱいまで利用いただいてます。なので今後は規模を大きくしていくよりも、とにかく介護の質を高めていくことに集中ですね。職員の力量もそうだし、若い人たちにも入職していただき、全体として活性化をしていきたい。
訪問介護のほうで言うと、実は西栄寺はここ以外にいくつか支所があるんですね。ここでもっと実績を出せれば、各布教所に訪問介護事業所を併設するっていう可能性も出てくると思います。お寺の活動と訪問介護の親和性を発揮して、お坊さんヘルパーによる訪問介護をもっと広げていきたいですね。