本堂と介護施設

10月に入り暑さも少し和らぎ、ようやく、物思いにふける秋の香りが漂い始めました。

西栄寺は、本堂の〝静寂〟と介護施設の〝賑わい〟が境内に併存していますが、
この相反する静寂と賑わいが同時に存在することで、心に安らぎと喜びをもたらしてくれます。
そして、〝阿弥陀〟という聖なる無限の命と、〝私〟という尊い唯一の命、この無限と唯一の命が同時に存在し慈悲包摂されていることにも気づかせてくれます。
この時期〝実りの秋〟と言われるように、自身の心に実りを授けるためにも、自身の心を静か見つめることが大切です。

阿耨多羅三藐三菩提 チーンΩヾ(-“-;) アミダサマ

お彼岸です


「暑さ寒さも彼岸まで」とは言うものの、今年はまだまだ酷暑が続きそうです。
先日、お寺の車を洗車するのに、水のホースを伸ばしたままアスファルトの上に置いていましたところ、ホースの中の水が熱湯になっており危うく火傷するところでした。
秋が深まっても暑さが続く中では、ほとほと嫌になり、どこか涼めるところはないかと思いつめましたところ思い出したお話がございます。
仏教では、教えに反すると、灼熱地獄という世界に送られ、鉄火棒でさんざんに叩かれ、鉄鍋で焼かれたり煮足りされるのが6000年も続くとありまして、いやはや、その世界のことを思えば、私たちのいる今の世界がなんとも涼しく感じてきます(笑)。
あぁ〜極楽極楽/^人^ (^人^ ) なんまいだー

敬老の日のお昼ごはん

にこぽんデイサービスの〝敬老の日〟のお昼ご飯はてんぷら定食ですねん。
厨房スタッフが丁寧に愛情を込めて作った揚げたての天ぷらは、ほんまに美味しかってん!
わしゃ(吉田)もご相伴にあずかりました。おおきにでございます。

お彼岸と生老病死

仏教では「生きるということは苦しいことだ」と教えています。
それはなぜなら、どんな人でも例外なく、生まれたら、年々に老いて、しだいに病に冒され、やがては死にゆく存在だからです。これを「生老病死・しょうろうびょうし」と言いますが、仏教の本質でもあり、私たち人間の抗うことのできない定めでもあります。
この言葉は一見、残酷な印象を持ちますが、少し考え方を変えて、「老いてこそ心豊かな日々があり、病んでみてはじめて感謝できることも多く、そして、ようやく生きるという過酷な現実から解放されて永遠に眠ることができる」と受けとめれば、人生の過ごし方の景色が穏やかになるかもしれません。
お寺の介護はいにこぽんでは、そのような仏教の教えに基づいて、老と病、そして死についてまでしっかりと伴走し、豊かで安穏な暮らしのお手伝いをしています。

不思議な通り雨

まさに滝のごとく打ち付ける大粒の雨。
雨粒が車の屋根を打つ大きな音、まとわり付く湿気、
アスファルトが雨を吸い込む匂い。
でも、空は青く晴れ間が見えている。
これらすべて、嫌な気がしない不思議な通り雨。

にこぽん施設前にて